自分は東芝ッ子だった

子どもの頃、家の電化製品がほとんど東芝だった。冷蔵庫・エアコン・ミニコンポまで全て東芝製品。生まれて初めてCDの音を聴いたのは東芝のCDプレイヤーからだった。生活が東芝製品で回っていた「回る回るー東芝ー」だ。もちろん照明も東芝だったので「光る光るー東芝ー」もある。

テレビ番組も「東芝日曜劇場」だったり、サザエさんが「東芝の提供でお送りします」と毎週言ってたりしたので、幼少期の自分の生活を東芝は支えていてくれたと言っても過言ではなくはない。

芝浦製作所から東芝に

創業者である「からくり儀右衛門」こと田中久重が東京銀座に工場を興し、弟子で養子の田中大吉が東京・芝浦に移転させ「田中製造所」を設立。1893年「芝浦製作所」に、1939年に東京電気株式会社と合併して「東京芝浦電気株式会社」が生まれた。そして、45年後1984年略称であった「東芝」が社名に。英文では「TOSHIBA CORPORATION」、ロゴマークも下のラベル上部にあるサンセリフ体のTOSHIBAに統一された。

白物家電から原子炉・鉄道車両まで

電化製品の三種の神器にも上げられる、洗濯機・冷蔵庫やカラーテレビ・クーラー(エアコン)などの白物家電を国産第一号を生み出し消費者向け家電商品から、原子炉・軍事機器・鉄道車両という重電事業まで手がけている。

2002年におこなわれたと思われる、東芝フェアのポケットティッシュラベル。クリスマスプレゼントとして東芝製品を購入すると各種カードがもらえるキャンペーン。三種の神器であるカラーテレビ、冷蔵庫や洗濯機はもちろんビデオやPHS、東芝が世界で初めて発売した商品である日本語が扱えるワープロ(ワードプロセッサー)も並んでいる。

今、大変な東芝

そんな東芝が今、買収劇の渦中にいる。社長最高経営責任者が辞任したり、物言う株主に言われたりとバタバタしているようだ。

この際、膿を出し切って日本のメーカとして生まれ変わって欲しいと東芝ッ子だった自分は願うばかりである。