みどり色の銀行でおなじみのりそな銀行。2003年に大和銀行とあさひ銀行の合併で生まれた銀行だ。「りそな」とはラテン語で共鳴する、響きわたるという意味を持っているとのこと。
[出典:りそなホールディングス/ブランドコンセプト]
それぞれの銀行が合併時にどのようなポケットティッシュを配布していたか紹介したいのです。
大和銀行
戦前、野村財閥の中核銀行として創立された大阪野村銀行が母体となっている。戦後、財閥解体により商号変更を余儀なくされ、野村銀行から大和銀行が生まれたのだ。1918年6月に創立された大阪野村銀行は商号の変更などはあったものの自主独往路線を進んできたが、2003年についに合併することとなった。そんな85年間の独往路線が崩れた時のポケットティッシュ。
りそな銀行のロゴマークを前面に表示し、下に[私どもは「りそなグループ」として新たにスタートいたしました。]のメッセージと、右下に小さく大和銀行のロゴが印刷されている。「大和」から「りそな」に。シンプルでポップなデザインなのに、背景を知ると85年の歴史を感じてしまうラベルな気がするのです。
あさひ銀行
都市銀行下位に位置していた協和銀行と埼玉県を地盤に運営していた埼玉銀行が合併してできたあさひ銀行。この合併も埼玉銀行の仕手集団との関与やそれに関わる不動産会社の倒産などで信用失墜を回避すべく成立した合併だった。
その後、金融再編の波が押し寄せ三和銀行・東海銀行との経営統合を模索するが各行の戦略の違いやあさひ銀行内の旧協和銀行側と旧埼玉銀行側の確執も相まってご破算になってしまう。
時は2001年。この年の9月中間決算から時価会計が導入されるにあたり、東京三菱銀行に包括提携を申し入れたが断られ、千葉銀行、横浜銀行への統合を持ちかけたがこれも断られ話が流れる。次に日興証券に統合の話を持っていくが上手くいかず流れてしまう。ついにスタンダード&プアーズやムーディーズが相次いで同行の格付けを引き下げた。そんな中でも旧協和銀行側と旧埼玉銀行側の確執は続いており、金融庁から怒られるという始末だった。
9月10日には株価も70円台に落ち込み取り付け騒ぎは起きなかったものの経営破綻の噂は流れ窮地に追い込まれるが、同月21日に大和銀ホールディングスと経営統合を発表することができ、2003年にりそな銀行として業務が始まった。
ラベルの水彩画のように、下から見上げるりそな銀行の看板が上がるまでに、仕手集団や合併後の旧銀行側の対立、格付けの引き下げや経営破綻の噂などを経ていると考えると、このラベルの見方も変わってくるなぁと思うわけです。
りそな銀行
そして合併した、りそな銀行のポケットティッシュは手に入っていないのだった。